以前「計器・コックピット概論」で、計器盤に並ぶ計器を4つのグループに分けて紹介しました。
「ピトー静圧系統」では、そのうち圧力で動くグループの中身を掘り下げています。今回はもう一方、ジャイロで動く計器のグループに踏み込みます。
「スタンバイ姿勢指示器はジャイロで動いている」。このくらいの事実は、多くの訓練生がすでに覚えているはずです。オーラル試験でも定番の質問ですし、知らなければそもそも困ります。
※ スタンバイ計器も電気で動いている機体も多いです。
問題はそこから一歩先です。なぜ真空でジャイロを回す必要があるのか、真空系統は具体的にどうやって空気を流しているのか、そしてもし壊れたら計器はどんな挙動を見せるのか。
ここまでしっかり説明できる人は、意外と少ないのではないでしょうか。
実際、私自身も学科知識としては知っていても、真空系統を積んだ機体にはほぼ乗ったことがなく、知ってはいるけれど実感が伴っていない状態でした。
この記事では、ジャイロ計器がなぜ姿勢や方位を示せるのか、真空系統がどうやってそれを回しているのか、そして万が一止まってしまったときに何が起きるのかを見ていきます。
ジャイロ計器は3つ、原理は2つ
姿勢指示器(Attitude Indicator)・方向指示計(Directional Indicator)・旋回計(Turn Coordinator)。
この3つが、今回のテーマである「ジャイロで動く計器」です。
- 姿勢指示器:機体が水平に対してどれだけ傾いているか(ピッチ・バンク)を示す
- 方向指示計:機体が今どちらを向いているか(方位)を示す
- 旋回計:機体がどれくらいの速さで旋回しているか(旋回率)を示す
表示している情報はバラバラですが、中身の仕組みは同じです。
高速回転するローター(ジャイロ)が持つ、2つの性質を利用しています。
剛性:回転しているものは、向きを保とうとする
自転車のタイヤや独楽(こま)を思い浮かべてみてください。
回転が速いほど、倒れにくくなります。高速で回転している物体には、その回転軸の向きを空間に対して保ち続けようとする性質があるからです。
これを剛性(rigidity in space)と呼びます。
ジャイロ計器の中には、この性質を持つ小さなローターが入っています。
機体がどれだけ傾いても旋回しても、ローターの軸は最初に向いていた方向を保とうとします。機体の方が、空間に対して固定されたローターの周りで傾いたり回転したりしている、という見方ができます。
この「機体とローターの向きのズレ」を目盛りとして読み取れるようにしたのが、姿勢指示器や方向指示計です。
方向指示計は磁石を見ていない
方向指示計はジャイロの剛性で方位を保っているだけで、地磁気を検出しているわけではありません。時間が経つとジャイロ特有のわずかなズレ(ドリフト)が蓄積するため、定期的に磁気コンパスと見比べて方位を合わせ直す必要があります。
もう一つの性質:力は加えた場所ではなく、少し先に働く
ジャイロにはもう一つ、少し変わった性質があります。
回転しているものに横から力を加えると、力を加えた場所そのものではなく、回転方向に90度進んだ先で反応が現れるというものです。
英語ではprecession(プレセッション)と呼ばれ、日本語では歳差(さいさ)と訳されますが、学科ではprecessionという呼び方で覚えている方も多いのではないでしょうか。
これは訓練の早い段階ですでに体験しています。単発プロペラ機のプロペラも、高速回転する円盤という意味ではジャイロと同じ性質を持っています。離陸滑走から機種上げ(ローテーション)に移る瞬間、プロペラの円盤に力が加わりますが、その効果が現れるのは力を加えた場所ではなく、回転方向に90度進んだ位置です。
離陸時に機体が偏向しようとする力の一つとして習った現象の正体は、これです。

旋回計は、precessionを積極的に利用している
旋回計は、この「力を加えた場所とは違う場所で反応する」性質を積極的に利用した計器です。機体が旋回すると、その動きがジャイロに力として伝わり、90度先の位置でジャイロが傾きます。傾く角度は旋回の速さに比例するので、これを目盛りにすれば旋回率を示す計器になります。
姿勢指示器・方向指示計は剛性を、旋回計はprecessionを使っている。
同じジャイロという部品でも、使い方が違うという整理をしておくと、このあとの話がつながりやすくなります。
ジャイロは回り続けなければ働かない
1章で見た剛性とprecessionは、どちらも「高速回転しているジャイロ」が前提の性質です。回転が遅くなれば、姿勢を保とうとする力は弱くなり、これらの計器は機能を失っていきます。
ジャイロ計器の心臓部は、常に高速回転を保っているローターそのものです。
ローターの回転数は機種や方式によって差がありますが、だいたい毎分1万回転前後、機種によっては2万回転近くまで回っているものもあります。ただし回転しているローターにも軸受け(ベアリング)の摩擦や空気抵抗があるので、放っておけば徐々に減速してしまいます。
飛行中はずっと、何かでローターを回し続けなければなりません。
その「回し続ける手段」として、実用化されているのが次の2つです。
- 真空系統(空気式):空気の流れをローターに当てて回す
- 電気系統(電気式):小型のモーターでローターを直接回す
どちらの方式でも、中に入っているのは同じ「高速回転する金属製のローター」です。
回し方が空気なのか電気なのかが違うだけで、剛性やprecessionという物理現象そのものは変わりません。
どの計器を何で動かすか
代表的な構成を先に示しておきます。多くの練習機(セスナ172やパイパーPA-28など)では、次のような組み合わせになっていることが多いです。
- 姿勢指示器:真空系統
- 方向指示計:真空系統
- 旋回計:電気系統
ただしこれはあくまで代表的な例で、すべての機体がこの通りとは限りません。3つとも真空系統の機体もあれば、3つとも電気系統の機体もあります。
なぜ動力源を分けている機体が多いのか。理由の一つとして考えられるのが、系統ごとの独立性です。
真空系統と電気系統を分けておけば、片方が丸ごと故障しても、もう片方の系統は生きたままなので、姿勢や旋回の情報が完全にゼロにはなりません。代表的な構成で旋回計だけ電気系統になっているのも、この考え方に沿った組み合わせだと捉えられます。
空気はどう流れているか
真空ポンプは空気を計器に「送り込む」のではなく、計器側の空気を「吸い出す」側にあります。
実際の流れは、
外気→フィルター→計器(ここでローターに空気を吹き付けて回す)→ポンプ→機外排出
という順です。ポンプが系統の出口側で吸引を作ることで、入口側から出口側まで空気が一方向に流れ続けます。この吸引力の強さは、コックピットのサクションゲージ(吸引計)で確認できます。電気系統側はアンメーター・バスボルトメーターで別に確認する必要があり、系統が分かれているということは、確認すべき計器も分かれているということです。

動力を失ったジャイロはどうなるか
ジャイロ計器の壊れ方には、大きく2種類あります。系統ごと動力を失う場合と、計器単体が壊れる場合です。
系統ごと失われる場合
真空ポンプが故障すると、その系統につながっている計器が同時に影響を受けます。
動力を失った瞬間、ローターが即座に止まるわけではありません。ローターには質量があり、高速回転している以上、慣性でしばらく回り続けます。ただし回転を保つ力はもう補われないので、徐々に減速していきます。
回転数が落ちるほど剛性は弱くなり、指示は少しずつ、しかしもっともらしく見える形で狂っていきます。これは真空系統でも電気系統でも変わりません。何によって回しているかが違うだけで、中身は同じ、高速回転する機械式ジャイロだからです。
「壊れた」と「表示が消える」は別のこと
電気系統の故障は警告灯やアンメーターの動きで気づきやすい場合もありますが、計器自体の表示がすぐに消えるとは限りません。
こうした系統ごとの故障に気づく手がかりの一つが、3章で見たサクションゲージです。ただし姿勢指示器や方向指示計そのものを見ているだけでは、しばらく異常に気づけない可能性があります。ここで生きてくるのが、旋回計だけ電気系統に分けてあるという3章の構成です。真空系統が丸ごと落ちても電気系統の旋回計は生きたままなので、姿勢指示器の示すバンク角と旋回計の示す旋回率を見比べれば、片方がおかしいことに気づけます。
計器単体が壊れる場合
系統は正常でも、計器内部のベアリング摩耗などで、その計器だけが壊れることもあります。この場合、同じ系統につながっている他の計器は正常なままなので、サクションゲージやアンメーターを見ても異常は分かりません。
こちらに気づく手段は、動力源で分けた比較ではなく、複数の計器が示す情報同士に矛盾がないかを見るクロスチェックです。
方向指示計の方位と磁気コンパスの方位、姿勢指示器の示す姿勢と旋回計の示す動きなど、単純に一対一で数値が一致するかというより、機体の状態として全体の辻褄が合っているかを見る習慣が、系統故障・個別故障のどちらにも効きます。
なぜ危険なのか
もっともらしく見えたまま少しずつ狂っていく、という性質が本当に怖いのは、外の景色が見えないIMC下です。
グラスコックピット時代における真空系統
導入で少し触れた話に戻ります。G1000のようなグラスコックピット機で訓練していると、真空系統に触れる機会がないように感じられます。ただ、これは機体によります。
代表的な例が、訓練機として広く使われているCessna 172Sの一部仕様(NAV III)です。この機体では、PFD(Primary Flight Display)に表示される姿勢情報はAHRS(Attitude and Heading Reference System)という電子的なセンサーで作られていますが、その脇にあるスタンバイ(予備)の姿勢指示器だけは、この記事で見てきたのと同じ真空駆動の機械式ジャイロです。PFD側の電源やAHRS自体に何かあっても、エンジン駆動の真空系統が生きている限り、スタンバイ計器は独立して動き続けます。
一方で、機体によってはスタンバイ計器も電子式で、バッテリーでバックアップされているだけ、という構成もあります。G1000機で訓練していても、スタンバイまでグラス計器だった、という方も少なくないはずです。
AHRSは「電気で回すジャイロ」ではない
ここは誤解しやすいポイントです。PFDのAHRSは、真空式ジャイロを単純に電気駆動へ置き換えたものではありません。中に高速回転するローターが入っているわけではなく、加速度センサーやレートセンサーといった、高速回転するローターを持たない電子部品の組み合わせで姿勢を計算しています。2章で見た「真空式・電気式、どちらも高速回転する機械式ジャイロ」という話は、AHRSには当てはまりません。だからこそAHRSは、4章で見たような「回転数がゆっくり落ちて誤差が広がる」という壊れ方はしません。
ジャイロ計器の歴史は、次のように積み重なっています。
- 真空駆動の機械式ジャイロ(この記事で見てきた基本形)
- 電気駆動の機械式ジャイロ(回す動力が変わっただけで、中身の弱点は同じ)
- AHRSによる電子式姿勢表示(そもそも回転する部品を使わない、別方式の技術)
動力源が変わっても壊れ方の本質が変わらない層(真空・電気の機械式ジャイロ)と、そもそも壊れ方の前提から変わる層(AHRS)がある、という整理です。この違いを区別できるかどうかは、旧式の機体でも最新のグラスコックピット機でも、同じように役立つ見方だと思います。
自分がこれから乗る機体のスタンバイ計器が何で動いているのか、確認してみるのも面白いかもしれません。
まとめ
- 姿勢指示器・方向指示計は剛性を、旋回計はprecessionを利用したジャイロ計器
- ジャイロは高速回転を保って初めて機能する。回し続ける動力源には真空式(空気式)と電気式があり、中身はどちらも同じ機械式ジャイロ
- 代表的な構成は姿勢指示器・方向指示計が真空式、旋回計が電気式。ただし機種によって組み合わせは異なり、動力源を分けることで一方の系統が丸ごと落ちても情報が完全にゼロにはならない
- 真空系統はポンプが空気を「吸い出す」ことで、フィルター→計器→ポンプという流れを作っている。吸引力はサクションゲージで確認できる
- 動力を失ったジャイロは即座に止まらず、徐々に指示が狂っていく。この性質は真空式・電気式どちらにも共通する
- G1000のようなグラスコックピット機でも、スタンバイ姿勢指示器に真空系統が使われていることがある。ただしPFDのAHRSは回転部品を持たない別方式の技術で、同じ壊れ方はしない
動力源が真空でも電気でも、回転する機械式ジャイロである以上、共通する弱点があります。何にどう頼っていて、それを失ったときに何が残るのか。そこまで考えて計器を読む習慣を持っておきたいところです。