導入

「航法の基礎概念」という記事で、VORについて少しだけ触れました。地上局からの電波を受信すると、局から見た自機の方位がわかるという話でしたね。

今回はその続きです。VORが実際にどうやってその方位を割り出しているのか、仕組みそのものを掘り下げていきます。

この記事では、VORが方位を伝える原理と、その原理があるからこそ生まれる3つの限界を扱います。実際にVORを使ってコースを追いかける操作(トラッキングなど)は、また別の記事で扱う予定です。まずは「なぜそう表示されるのか」を、原理から理解していきましょう。

VORとは

VOR(VHF Omnidirectional Range)は、地上に設置された無線施設です。VHF帯の電波を全方位に発射しており、それを機上の受信機で捉えることで、その局から見て自分がどの方位にいるかがわかります。

局を中心に、360度あらゆる方向に伸びる方位線をイメージしてください。北に伸びる線、東に伸びる線、その間の任意の角度に伸びる線と、あらゆる方位に線が引けます。この線のことをラジアル(Radial)と呼びます。自機がどのラジアル上にいるかがわかれば、それがVORから得られる方位情報になります。

VOR局から360度全方位に伸びるラジアルのイメージ図

ここで大事なのは、VORが教えてくれるのはあくまで方位だけだという点です。局までの距離はわかりません。受信可能な範囲内であれば、同じラジアル上の5マイル地点でも50マイル地点でも、VORの表示は変わりません。距離を知るには別の装置、DME(Distance Measuring Equipment)が必要になります。この話は、また別の記事で扱います。

VORはどうやって方位を伝えているのか

基準信号と可変信号

VOR局は、同じ地点から性質の異なる2つの信号成分を出しています。ひとつは全方位に均等に届く基準信号(Reference Phase)、もうひとつは方位によって位相がずれていく可変信号(Variable Phase)です。

受信機は、この2つの信号の位相差を読み取ることで方位を計算しています。

基準信号と可変信号の位相差から方位が決まる仕組みのイメージ図

位相差が方位になる

位相差の基準は磁北です。局から見て磁北の方向では、2つの信号の位相差がゼロになるよう設計されています。

そこから時計回りに角度が変わるにつれて、位相差も同じだけ変わっていきます。局から見て磁方位090°の方向(090°ラジアル)にいれば位相差は90°、磁方位180°(180°ラジアル)なら180°、磁方位270°(270°ラジアル)なら270°です。位相差の角度が、そのままラジアルの角度になります。

磁北が基準

位相差の基準を磁北に置いているのには理由があります。コンパスや方向指示器など、コックピットの他の計器の多くも磁方位を基準にしているため、VORの表示もそれに合わせておいた方が、パイロットにとって扱いやすいからです。

もし真北基準だったら、機首方位のような磁方位の情報と比較するたびに、磁気偏差を考慮する必要が出てきます。VORが磁北基準であることで、コックピットの計器類の基準がひとつに揃うわけです。

機上ではどう表示されるのか

ラジアル・コース・機首方位を分けて考える

ここから機上の表示の話に入りますが、その前に3つの言葉を整理しておきます。ラジアル(Radial、以下RAD)・コース(Course、以下CRS)・機首方位(Heading、以下HDG)です。この3つを混同すると、この後の内容がわかりにくくなります。

RADは、ここまで説明してきた通り局から見た自機の方位です。局を基準にした、外向きの方位線でした。

CRSは、パイロットが航法計器上で選択したコースラインの向きです。

HDGは、文字通り機体の鼻先がどちらを向いているかです。風の影響を受けている場合、HDGとCRSが一致するとは限りません。

たとえば「090°のRAD上にいる」「090°をCRSとして設定している」「HDG090°で飛んでいる」は、それぞれ別の話です。同じ角度が出てきても、混同しないようにしてください。

計器の見た目

グラスコックピットでは、VORの情報はHSI(Horizontal Situation Indicator)という表示に統合されています。

HSIの中心には、コンパスローズ(方位目盛りのついた円盤)が表示されています。このコンパスローズは自機の現在のHDGに合わせて常に回転しており、上端(機体シンボルの位置)に今のHDGが来るようになっています。ここはアナログのVOR単体計器とは違うポイントで、パイロットが手動で回すものではありません。

このコンパスローズの上に、CRSポインターと呼ばれる矢印状の表示が重なっています。これがパイロットの選んだCRSを示すもので、専用のノブ(CRSノブ)を回すと、コンパスローズはそのままにCRSポインターだけが動きます。

CRSポインターのすぐそばには、左右に振れるCDIのバーと、TO/FROMを示す小さな矢印がついています。画面上には、現在のHDGや選択しているCRSも数値で表示されています。

CRSの設定

CRSノブを回すと、コンパスローズ上のCRSポインターが動きます。ポインターが指している角度が、その時点で選択されているCRSです。

たとえばCRSポインターを090°に合わせれば、090°をCRSとして選択したことになります。この後説明するCDIやTO/FROMの意味は、すべて「今CRSポインターが指している角度」を基準に決まります。

CDI(Course Deviation Indicator)

CDIは、CRSポインターのそばにあるバーのことです。選んだCRSに対して、自機が今どちら側にどれだけずれているかを示します。バーが中央にあれば、選んだCRSの線上にいます。バーが左右どちらかにずれていれば、その分だけコースからずれている状態です。

このずれは、距離ではなく角度で表されています。局から近い場所と遠い場所とでは、同じ振れ幅でも実際に離れている距離は変わってきます。

ここで押さえておきたいのは、CDIが示しているのはあくまで「選んだCRSからのずれ」であって、HDGをどちらに向けるべきかを直接示しているわけではないという点です。この違いは、次の章で説明する限界のひとつと関わってきます。

TO/FROM

TO/FROMインディケーターは、選んだCRSのコースラインをたどっていくと局に近づくのか(TO)、局から離れていくのか(FROM)を示す表示です。

注意したいのは、これが自機のHDGや、実際に局へ向かっているかどうかを直接示しているわけではないという点です。TO/FROMが示しているのは、現在のRADと、選んだCRSとの位置関係です。同じ場所にいても、CRSを変えればTO/FROM表示は変わります。

VORの限界

VORは電波の位相差から方位を測定するシンプルな仕組みですが、その仕組みゆえにいくつかの限界があります。ここでは代表的な3つを見ていきます。

見通し線(Line of Sight)の限界

VORが使うVHF帯の電波は、直進する性質を持っています。地球は丸いため、遠く離れた場所や低い高度では地平線の向こうに隠れてしまい、電波が届かなくなります。山などの障害物がある場合も、受信できなくなったり、方位情報が不安定になったりすることがあります。

受信できる範囲は高度によって変わります。高く飛ぶほど、電波が届く見通しの範囲は広がります。低空を飛んでいる場合や、局との間に障害物がある場合は、実際の距離が近くても受信できないことがあります。

コーン・オブ・コンフュージョン(Cone of Confusion)

VORは局から見た水平方向の方位を伝える仕組みです。ところが局のほぼ真上では、その水平方向の方位情報を安定して得られなくなります。

この局の真上付近に広がる、方位の指示が不安定になる円錐状の空域を、コーン・オブ・コンフュージョンと呼びます。この空域を通過する際は、CDIのバーが落ち着かなくなったり、TO/FROM表示が反転したりすることがあります。局の真上を通過するとき特有の現象なので、これ自体は異常ではありません。

コーン・オブ・コンフュージョン

リバースセンシング(Reverse Sensing)

CDIは、選んだCRSに対して自機がどちら側にずれているかを示す表示でした。ここで前提になっているのは、選んだCRSの方向に向かって飛んでいるという状況です。

もし選んだCRSと、実際に飛んでいる方向(HDG)が大きく異なる場合、具体的にはCRSが指す方向とは反対に近い方向へ飛んでいる場合、CDIのバーの意味が直感と逆になります。バーが右にずれていても、実際には左に修正しないとCRSの線に戻れない、といったことが起こるのです。これをリバースセンシングと呼びます。

CDIは「バーの方向へ機首を向ける」という単純な計器ではなく、あくまで選んだCRSと現在の位置関係を示しているだけだと理解しておくと、リバースセンシングが起きる理由も納得しやすくなります。

まとめ

VORは、地上局から出る2つの電波の位相差を受信機が読み取ることで、局から見た自機の方位を知る仕組みです。位相差の基準は磁北で、その角度がラジアルの値になります。

コックピットではCRS・CDI・TO/FROMという形でこの情報が表示されますが、これらはあくまで「選んだコースと現在の位置関係」を示す表示であり、機首方位や実際に局へ向かっているかどうかを直接教えてくれるわけではありません。

見通し線の限界、コーン・オブ・コンフュージョン、リバースセンシング。この3つは、いずれもVORの仕組みから生まれています。電波は直進するから見通し線の制約があり、方位測定が水平角に依存しているから局の真上で不安定になり、CDIが位置関係だけを示しているからリバースセンシングが起こります。丸暗記ではなく原理から理解しておけば、実際に遭遇したときも慌てずに対処できるはずです。

VORを使って実際にコースを追いかける操作、トラッキングやインターセプトについては、また別の記事で扱います。