航法とは何か
飛行機を操縦するとき、パイロットには「どこを飛んでいるか」を常に把握し続ける義務があります。
これを怠ると、意図しない空域に侵入したり、地形に接触したりするリスクが生じます。
この「自分の位置を正確に把握しながら目的地まで飛ぶ技術・行為」を、航法(Navigation)と呼びます。
航法には、大きく3つの要素があります。
機位の把握(Position Fix)
現在自分がどこにいるかを知ることです。
地図上の一点として自機の位置を確認する行為で、航法のすべての出発点になります。
機位がわからなくなった状態をロスト・ポジション(ロスポジ)と言い、非常に危険な状況のひとつです。
針路の策定(Course Planning)
機位がわかったら、目的地まで「どの方向に飛ぶか」を決めます。
風の影響を考慮した上で、実際に飛ぶべき機首方位(Heading)を算出します。風が強い日は、目的地の方向に機首を向けても風に流されて進路がずれるため、あらかじめ修正した針路を飛ぶ必要があります。
到着時間の予測(ETA)
針路と速度、距離から、目的地への到着予定時刻(Estimated Time of Arrival)を計算します。
ETAはATC(航空交通管制)への通報にも使われ、燃料計画とも密接に関わります。正確なETA算出は、計画通りの飛行を実現するための重要なスキルです。

地文航法(Pilotage)
地図と実際の地上の景色を照合しながら自機の位置を確認していく航法です。
山・川・湖・道路・鉄道・町といった地上の目標物(チェックポイント)を目視で確認し、機位を把握します。
VFR飛行の基本であり、訓練初期に最初に身につける航法です。
やり方はシンプルで、出発前に地図上でチェックポイントを決めておき、飛行中にそれらを順番に確認していきます。「あの湖が見えた、ということは今ここにいる」という形で機位を更新し続けるイメージです。
ただし、地文航法には明確な限界があります。
視程が悪い日(霞や霧、雨)は地上の目標物が見えず、そもそも使えません。また、平野部や海上など、特徴的な地形が少ないエリアではチェックポイントが取りづらく、精度が落ちます。夜間も同様で、地上の目標物を視認するのが難しくなります。
さらに、チェックポイントの「見落とし」にも注意が必要です。
似たような地形が続く地域では、別の川や町を目標物と誤認するミスが起きることがあります。一つ見落とすと機位のズレが次のチェックポイントの探索に影響するため、こまめな確認が重要です。
地文航法の難しさ
地文航法は視界がある限り直感的で確実な方法ですが、それだけに頼るのはリスクがあります。
訓練では次に説明する推測航法と合わせて自分の位置の算出を行うのですが、私はこの地文航法がとにかく苦手でした。新幹線と高速道路の違いなんて上から見たらわからないし、市街地も川の形も似ているところが多すぎて、何度ロスポジ(自分の現在位置がわからなくなってしまうこと)したか分かりません笑

推測航法(Dead Reckoning)
推測航法とは、既知の出発点から針路・速度・経過時間をもとに現在位置を計算で求める航法です。
地文航法が「見て確認する」のに対し、推測航法は「計算して予測する」アプローチです。
基本的な考え方はシンプルです。「どの方向に、どのくらいの速度で、どれだけの時間飛んだか」がわかれば、現在の位置が計算できます。
たとえば針路090°(真東)で120ktの対地速度で30分飛べば、出発点から60NM東にいるはずだ——というように位置を推定します。
ただし、推測航法はあくまで「推定」です。誤差が積み重なる性質があります。
最大の要因は風です。対気速度(Airspeed)と対地速度(Ground Speed)は風によってずれるため、風の影響を正確に把握して針路と速度を補正しなければなりません。また、コンパスの誤差や時間の読み間違いも積み重なると無視できないズレになります。
飛行時間が長くなるほど誤差が拡大するため、定期的に地文航法で機位を修正しながら使うのが基本です。
地文航法と推測航法はセットで機能します。地文航法でチェックポイントを確認して機位をリセットし、次のチェックポイントまでの間は推測航法で位置を追い続ける——この繰り返しがVFRナビゲーションの基本的な流れです。
地文航法の克服
先ほど地文航法が苦手だったというお話をしましたが、この推測航法との組み合わせが克服の鍵でした。
訓練では数十マイルごとにチェックポイントを設定するのですが、その程度であれば推測航法の誤差はそれほど大きくはありません。地文航法で似たような景色が見えたとしても、計算上こんなに早く到着するわけがないから違う——というふうに数字を信じるんです。飛行中は自分の感覚が鈍くなります。そんなときこそ数字を信じて根拠を持った判断を下す。
これはフライト中の様々な場面で重要になってくる力だと思います。
無線航法(Radio Navigation)
無線航法とは、地上に設置された無線施設から発信される電波を受信して、自機の位置を把握する航法です。
天候や視程に左右される地文航法・推測航法と異なり、雲の中や夜間でも使えるのが大きな特徴です。
位置を特定するには方位と距離の2つの情報が必要で、それぞれ別の施設が担当しています。
VOR(VHF Omnidirectional Range)— 方位
地上に設置された局から電波を受信することで、「その局から見て自分がどの方向にいるか」を知ることができます。
一つのVOR局からは方位しかわかりませんが、別のVOR局をもう一つ受信して2本の方位線を地図上で交差させることで、距離情報がなくても現在位置を特定することができます。

DME(Distance Measuring Equipment)/ TACAN — 距離
地上局までの距離を測定する装置です。VORが「方向」を教えてくれるのに対し、DMEは「距離」を教えてくれます。
他にも距離が分かる施設にTACANがあります。これは自衛隊などが使う軍用の施設ですが、民間機はそのDME機能——つまり距離の部分だけを利用しています。
VORとDMEが同じ場所に設置されたものをVOR/DME、VORとTACANが組み合わさったものをVORTACと呼びます。
どちらも方向と距離が同時に分かるため、一つの施設だけで現在位置を特定できます。
なお、かつて日本でも使われていたNDB(Non-Directional Beacon)という施設はすでに廃止されています。
無線航法の登場によって、悪天候や夜間でも位置を把握できるようになりました。
ただし地上の施設を使う性質上、海上など施設のないエリアではカバーできません。また電波は山などの障害物に遮られることがあり、受信できるエリアには限りがあります。電波障害や施設の停波で突然使えなくなることもあるため、地文・推測航法の基礎は引き続き重要です。
RNAV(Area Navigation)
RNAVとは、GPS(全地球測位システム)をはじめとする衛星測位システムを利用した航法です。
地上の無線施設に縛られることなく、どこにいても高精度で現在位置を把握できます。

VORやDMEは地上施設の電波が届く範囲でしか使えませんでしたが、RNAVは衛星から直接電波を受信するため、海上や山岳地帯など、これまでカバーできなかったエリアでも正確な航法が可能です。
地文・推測航法が抱えていた天候や地形の制約、無線航法が抱えていた施設範囲の制約、これらをまとめて克服した航法といえます。
精度の面でも、従来の航法とは次元が異なります。
RNAVでは水平方向の誤差が数メートル以内に収まることもあり、計器進入のような精密な飛行フェーズでも使用されます。この精度を担保するために、航空機側の装備品にも厳格な要件が設けられています。
日本ではRNAVは特別な航法として位置づけられており、「誰でも使っていい」というものではありません。
航空機がRNAV対応の装備品を搭載していることに加え、パイロット自身もRNAV航法の訓練を受けた上で、別途許可を取得する必要があります。免許の中に自動的に含まれるものではなく、追加の資格・承認が求められる点は覚えておいてください。
まとめ
この記事では、航法の基本的な考え方と、4つの航法の種類を紹介しました。
地文航法と推測航法は、アナログな手法ですが航法の本質を体感できる方法です。
訓練初期にこの2つをしっかり身につけることが、その後の無線航法やRNAVを正しく理解するための土台になります。無線航法やRNAVが使えない状況でも自分の位置を把握できる力は、パイロットとして持っておくべき基礎スキルです。
また、航法の歴史は「より遠く・より正確に・より悪い条件でも飛べるように」という方向への進化の歴史でもあります。
地文・推測→無線→衛星と手段が変わっても、「今自分がどこにいるかを常に把握する」という航法の本質は変わりません。
訓練が進むと、地文/推測航法から、VOR/DMEを用いた無線航法へと発展していきます。(基礎訓練ではRNAVは行いません。)
まずはこの記事で紹介した各航法の役割と限界をざっくり頭に入れておいてもらえれば十分です。