
なぜ無線通信が必要なのか
空はとても混んでいます。
旅客機・貨物機・訓練機・ヘリコプター……さまざまな航空機が同じ空を飛んでいます。しかも空は三次元に広がっているため、高度・経路・速度がバラバラな機体が同時に存在しています。地上の交差点と違って、信号機も標識もありません。
この混雑した空間を秩序立てて使うために、地上の管制機関(ATC:Air Traffic Control)が無線で各航空機に指示を出しています。どの高度を飛ぶか、どの経路を通るか、いつ離陸・着陸するか。これらはすべて無線のやり取りを通じて調整されます。
ただし、無線の使い道はATCとの交信だけではありません。地上の航法施設も電波を発信しており、パイロットはその電波を受信することで自機の位置を確認し、正しい進入経路を飛行することができます。「無線=話すもの」というイメージがあるかもしれませんが、航空の世界では「電波を使うもの全般」が無線に含まれます。航法については別の記事で詳しく紹介しますが、ATCとの交信と合わせて、無線が空を飛ぶための基盤になっているということを最初に押さえておいてください。
航空で使う周波数帯
航空無線で使う電波は、周波数帯によって特性が大きく異なります。民間航空では主に3つの周波数帯が使われています。
VHF(Very High Frequency):30〜300 MHz
民間航空の音声通信で最もよく使われる周波数帯です。ATCとの交信に使う118〜136 MHzもこの範囲に含まれます。音質が比較的安定しており、地上〜中距離の通信に適しているため広く使われています。
VHFが民間航空の主役である一方で、大きな制約があります。見通し通信(Line of Sight)という性質です。
VHFの電波はまっすぐにしか進みません。送信局と受信局の間に山や地球の曲率によって遮られると、通信できなくなります。

これは高度と密接に関係しています。高度が高くなるほど地平線が遠くなり、より遠くの地上局と通信できるようになります。逆に低高度では通信可能な範囲が狭まります。訓練で低高度を飛んでいると、急に管制官の声が聞こえなくなる経験をすることがあります。機器の故障ではなく、地形に電波が遮られているのが原因です。
UHF(Ultra High Frequency):300 MHz〜3 GHz
民間航空ではDME(Distance Measuring Equipment)などの航法システムに使われます。音声通信では軍用航空で利用されることが多い周波数帯です。
HF(High Frequency):3〜30 MHz
電離層に反射させて遠距離まで電波を飛ばせるという特性を持ちます。太平洋横断のような洋上飛行など、VHFが届かない長距離区間ではHFが使われます。

通話の基本ルール
無線通信には、航空特有のルールと特性があります。
単一方向送信(Half Duplex)
航空無線は、送信と受信を同時にできません。誰かが送信している間は、他の誰かが送信しても混信してしまい、どちらの音声も聞き取れなくなります。電話のように割り込むことができないため、周波数が空いたタイミングを見計らって送信する必要があります。
これは慣れないうちは意外と難しいです。管制の通信は途切れ目なく続くことも多く、自分が送信するタイミングをつかむのに苦労します。焦って送信すると他の交信と重なってしまいますが、ずっと待っていてもいつまでもリクエストが通りませんし、飛行中は止まることはできません。適切なタイミングで発言できるようになるまでは、慣れが必要です。
呼び出し方
送信するときは、最初に相手局→自局の順で名乗ります。
「東京グラウンド、JA1234」
これは「東京グラウンドへ、こちらJA1234です」という意味です。まず誰に向けて話しているかを伝え、次に自分が誰かを名乗ります。周波数には複数の航空機が同じチャンネルを共有しているため、誰に向けた呼びかけかを最初に明示する必要があります。
フォネティックアルファベット
無線音声はノイズが乗ることがあり、アルファベットの聞き間違いが起きやすい環境です。たとえば「B」と「D」、「M」と「N」は音が似ているため、聞き間違えが起こりやすくなります。そこで各アルファベットに固有の単語を割り当てて、確実に伝わるようにしています。AはAlpha、BはBravo、CはCharlieといった具合です。
数字の読み方
数字にも独特の読み方があります。代表的なものを挙げますが、他にも航空特有の読み方があります。
9は「ナイン」ではなくNiner(ナイナー)と読みます。ドイツ語の「Nein(ノー)」と混同しないためです。
1000はThousand(タウザント)と言います。高度を伝えるときは「Five Thousand(5,000ft)」のように読みます。
Read Back(復唱)
管制官から指示を受けたら、その内容を復唱して返します。これをRead Backと呼びます。
「Runway 34L、cleared for takeoff、JA1234」
復唱には二つの目的があります。一つは自分が正しく聞き取れたかを確認すること、もう一つは管制官側が指示が正確に伝わったかを確認することです。復唱に誤りがあれば管制官が訂正してくれるため、重大なミスを未然に防ぐ仕組みになっています。
ATCの用語やルールなどについて詳しくは別の記事で扱います。
フライト中の通信の流れ
ここからは、実際のフライトで通信がどのように展開されるかを追っていきます。
地上から離陸し、巡航して、目的地に着陸するまでの間に、パイロットは複数の管制機関と順番に交信します。それぞれの機関が担当するエリアと役割を持っており、エリアを移るたびに周波数を切り替えて引き継いでいきます。これを周波数リレーと呼ぶことがあります。
なお、ここで紹介する機関はあくまで標準的な構成です。空港の規模や運用体制によって、デリバリーの業務をグラウンドが兼用したり、デパーチャーとアプローチが同一の機関が担当したりするケースもあります。

フライトの流れに沿って見ていきます。
ATIS(Automatic Terminal Information Service)
管制機関ではありませんが、管制官との交信を始める前に最初に確認するものです。ATISとは空港の気象情報・使用滑走路・NOTAMなどをまとめた自動放送で、空港の運用時間中は流れ続けています。同じ内容を管制官が個別に説明しなくて済むよう、あらかじめパイロット側が把握しておくための仕組みです。情報はアルファベット一文字で識別されており、更新されるたびに次のアルファベットに変わります。管制官に初回交信する際に「Information Alpha」と伝えることで、管制官側も同じ情報を共有していると確認できます。
デリバリー(Clearance Delivery)
IFRフライトの場合、最初に交信するのがデリバリーです。フライトプランに基づいたクリアランス(経路・高度・出発手順など)をここで受け取ります。VFRフライトではデリバリーを省略して直接グラウンドを呼び出す空港も多いです。
グラウンド(Ground Control)
地上走行(タキシング)を担当する機関です。駐機場から滑走路の手前まで、どの誘導路を通って移動するかの指示を受けます。
タワー(Tower)
滑走路の使用を管理する機関です。離陸許可・着陸許可はここから出されます。離陸後もしばらくはタワーの管轄内にいますが、空港周辺を離れるタイミングで次の機関へ引き渡されます。
デパーチャー(Departure Control)
離陸後、上昇中の航空機を担当します。IFRではほぼ必ず交信しますが、VFRでは空域によって交信が必要な場合とそうでない場合があります。一定の高度・エリアに達するとACCへ引き渡されます。
ACC(Area Control Center)
巡航中の広域を担当する機関です。日本では東京・神戸・福岡の3つのACCに分かれており、長距離フライトではACC間でも引き継ぎが発生します。VFRフライトはACCと交信しないケースも多く、ここがIFRとVFRの流れが最も異なる部分です。
アプローチ(Approach Control)
目的地空港への進入を担当します。降下・進入経路の指示を受けながら空港へ近づいていきます。最終進入に入るタイミングでタワーへ引き渡されます。
タワー(Tower)・グラウンド(Ground)
着陸許可を受けてタワー、着陸後の地上走行をグラウンドが担当します。出発時とは逆の流れで管制機関を移りながら駐機場へ戻ります。
VFRとIFRの最大の違いは、デリバリーとACCの有無です。日本ではVFRでも飛行計画の提出が必要なケースがほとんどですが、クリアランスを受け取る必要はありません。巡航中もACCと交信せず、自分で位置を把握しながら飛ぶのが基本です。IFRでは出発から到着まで常にATCの管理下に置かれ、各機関から途切れなく指示を受け続けます。
VFRの時のみ交信する機関
IFRでのみ交信する管制機関も多いですが、VFRの時のみコンタクトするものもあります。
それが「TCA」です。ここでは管制業務ではなく、アドバイザリー業務が行われており、周囲の他の航空機の情報や空港の運用状況に応じて待機の助言などをしてくれます。
ここは試験でもよく聞かれますので、別の記事で掘り下げようと思います。
通信トラブルへの対応
どれだけ丁寧に通信していても、トラブルは起きます。代表的なケースと対応を押さえておきましょう。
聞き取れなかった:Say Again
管制官の指示が聞き取れなかった場合は「Say Again」と返します。日常会話の「もう一度言ってください」に相当します。恥ずかしがらずに使うことが大切です。聞き取れていないのに復唱してしまう方がはるかに危険です。
電波が弱い・聞こえにくい
相手の声にノイズが多い場合は、「Readability(受信状態)」を伝えることがあります。Line of Sightの制約上、低高度や山間部では電波が弱くなることがあります。高度を上げることで改善するケースも多いです。
聞き取りやすさの段階
通信の明瞭さ(聞き取りやすさ)は5段階で表されます。
- 5:完全に聞き取れる
- 4:聞き取れる
- 3:困難だが聞き取れる
- 2:時々聞き取れる
- 1:聞き取れない
これは管制機関と最初に通信した際に「Reading five」などと通報されることがありますので、こちら側の受信状況も同様に伝えられると良いでしょう。
ロスコム(Loss of Communication):通信不能
無線機の故障などで通信が完全にできなくなった状態をロスコムと呼びます。この場合、トランスポンダーのコードを7600に設定します。これにより管制官側はレーダー上でその航空機が通信不能状態にあることを把握できます。なお、7600以外にも緊急時に使うトランスポンダーコードがありますが、それぞれの意味と使い方は別の機会に整理します。
VMC(有視界気象状態)で飛行を継続できる場合は、周囲の安全を確認しながら適切な空港へ着陸することが基本的な対応です。管制空域内でロスコムになった場合は、管制官がライトガンシグナルという光の信号で誘導します。ライトガンシグナルの詳細は別の記事で扱います。
まとめ
この記事では、航空無線通信の基礎として以下の内容を扱いました。
訓練入門カテゴリーの中では少し深めの内容になってしまいました。
- 無線通信はATCとの交信だけでなく、航法にも使われている
- 民間航空の音声通信にはVHFが使われ、見通し通信(Line of Sight)という特性を持つ
- 単一方向送信のため、周波数の空きを見計らって送信する必要がある
- フライトは複数の管制機関を周波数リレーしながら進み、IFRとVFRで関わる機関が異なる
- トラブル時はSay Again・7600・ライトガンシグナルといった手段がある
実際の交信では、この記事で触れた以上のことが求められます。Read Backの具体的な作法や管制官の英語を聞き取るコツ、フォネティックアルファベットの運用など、通信スキルとして身につけるべき内容は別の記事で改めて扱います。