はじめに

台風が近づくと、多くの便が欠航になります。ただ、同じ空港・同じ時間帯を見ていても、飛んでいる便と欠航している便が混在していることがあります。

「台風だから欠航」という説明だけでは、この違いは説明できません。台風という現象そのものが便を止めているのではなく、その空港・その時刻に実際どんな気象条件が揃っているかで、運航できるかどうかが決まっているからです。

この記事を読み終える頃には、台風接近のニュースを見たときに、「これは厳しそうだな」「このタイミングなら飛べるかもしれない」と、自分なりに判断できる材料が身についているはずです。

台風とは何か

台風は、北西太平洋などで発達した熱帯低気圧の一種です。まずはこの記事で必要になる範囲だけ、構造をおさらいしておきます。

発達した台風の中心付近には、「眼」と呼ばれる、風も雨も比較的穏やかな領域が現れることがあります。台風がまるで穴の空いたような構造を持つのは、強い上昇気流が眼のすぐ外側(眼の壁)に集中していて、中心付近ではむしろ下降気流が卓越しているためです(台風によっては、眼が明瞭に現れないこともあります)。

眼の外側には、渦を巻くように連なった雨雲の帯が広がっています。これがスパイラルバンドです。ここで大事なのは、この帯がずっと連続して雨を降らせているわけではないということ。雨雲の帯と、そのあいだの隙間が交互に並んでいるのが特徴です。この「隙間」の話は、後ほど運航判断の章でもう一度出てきます。

もうひとつ、ニュースでよく見る「予報円」にも触れておきます。予報円は、台風の大きさを表しているものではありません。気象庁の定義では、台風の中心が70%の確率でその範囲に入る、という中心位置の予報の不確実性を表した円です。

予報円が先に行くほど大きくなっていくのは、台風が巨大化しているからではなく、遠い未来の予報ほど「中心がどこを通るか」の絞り込みが難しくなるからです。予報円が大きい=台風が強い、というわけでも、予報円の外側だから安全、というわけでもありません(実際の暴風域・強風域は、予報円とは別に示されます)。

台風が連れてくるもの

運航可否に直接影響しやすい要素は、大きく「風」と「視程・雨」に分けられます。加えて、台風特有の気圧変化も運航と無関係ではありません。

風

台風は強い風を伴いますが、航空機にとって問題になるのは風速そのものよりも、滑走路に対してどちら向きに、どれくらいの強さで吹いているかです。追い風成分(テールウィンド)や横風成分(クロスウィンド)が、機体や運航会社で定められた許容範囲を超えると、安全な離着陸が難しくなります。台風接近時は風向・風速が短時間で大きく変わることも多く、突風(ガスト)が発生しやすくなるほか、台風に伴う強い対流活動や風の変化によって、低層ウィンドシア(近接する場所どうしで風向・風速が大きく異なる状態)が問題になることもあります。

視程・雨

もう一つの要素が、雨による視程の低下です。台風による強い雨は、滑走路上でパイロットがどこまで見通せるかを表す滑走路視距離(RVR)を大きく低下させることがあります。また、大量の雨は滑走路を濡らし、制動性能やハイドロプレーニングのリスクにも影響します。

気圧

台風は、中心に向かうほど気圧が下がる大きな低気圧でもあります。この気圧の変化そのものは、高度計設定(QNH)に関わってくる話です。ただし、「気圧が低いから欠航」という話ではありません。中心気圧が非常に低い台風であっても、進路や距離によっては、影響がほとんど出ない空港もあります。中心気圧は台風の勢力を知る一つの情報ではありますが、それだけで自分の空港への影響は判断できません。

運航判断はどう下されるか

台風接近時、実際に取られる判断にはいくつかのパターンがあります。

平常運航(条件付き) 台風が接近していても、その時刻・その空港の条件が基準内に収まっていれば、通常どおり運航します。台風が来ている=即座に運航不可、というわけではありません。

ディレイ 今の条件は厳しくても、時間が経てば改善が見込める場合は、出発を遅らせて待ちます。台風は刻一刻と状況が変わるので、「今はダメでも、少し待てば飛べる」という判断が成立するわけです。

キャンセル 見通せる時間内に改善が見込めない場合は、待っても状況が変わらないので欠航にします。

出発した後にも、判断は続きます。

ダイバート 目的地への着陸が難しいと判断した場合、代替となる空港へ向かいます。出発前には、その可能性に備えて代替飛行場(オルタネイト。目的地に着陸できない場合のために、あらかじめ計画しておく飛行場)も用意されています。

ルート変更 影響を受けるのは出発地・到着地だけとは限りません。経路上に悪天候の区域があれば、それを避けるルートに変更することもあります。

📝

航空法第77条(要旨) 台風時の運航判断は、機長ひとりの経験や勘だけで決まるものではありません。会社が定める運航基準(横風・追い風・視程・滑走路状態などについて、会社ごとに定めている基準)や気象情報をもとに、運航管理者と機長が運航可否を判断します。航空法第77条では、一定の航空運送事業用航空機について、機長は運航管理者の承認を受けなければ出発または飛行計画の変更をしてはならないと定められています。

同じ台風でも、便によって判断が分かれる理由

ここまでの話を踏まえると、「なぜ同じ台風なのに、飛ぶ便と飛ばない便があるのか」も見えてきます。

一つの要因が、スパイラルバンドのタイミングです。前の章で触れたとおり、スパイラルバンドは雨雲の帯と、そのあいだの隙間が交互に並んでいます。この帯の通過前後では気象条件が短時間で変化し、視程などが一時的に改善する時間帯が生じることがあります(風の状況は、そのときどきの台風の構造や位置関係によって変わります)。出発や到着の予定時刻が、たまたまその改善のタイミングに重なれば、運航できる可能性が出てくるわけです。

この見極めをどこまで積極的に使うかは、会社の運航基準や、その時々の判断によっても変わってきます。フライトレーダーなどを見ると、同じ時間帯でも運航する便と欠航する便が分かれることがあります。ただし、その理由を外部から断定することはできません。気象以外にも、使用機材・燃料・代替飛行場・機材繰りなど、見えていない条件が多いためです。

台風時の運航判断は、「台風が来ているか」という一つの情報だけで決まるものではありません。 出発地・経路・目的地・代替飛行場について、「どこで、いつ、どんな気象条件になるか」を見ながら判断していきます。

まとめ

台風接近時の運航を、要点だけ振り返っておきます。

  • 台風は北西太平洋などで発達した熱帯低気圧の一種で、発達すると中心付近に「眼」が現れ、その外側には雨雲の帯であるスパイラルバンドが渦を巻く
  • 予報円は台風の大きさではなく、中心が到達する位置の不確実性(気象庁基準でおよそ70%の確率)を表したもの
  • 運航に関わる主な要素は風(クロスウィンド・テールウィンド・ガスト・ウィンドシア)と視程・雨(RVR低下、制動性能への影響)。気圧の変化そのものは、欠航の直接の主因というより、高度計設定に関わる要素
  • 実際の判断は、平常運航・ディレイ・キャンセル・ダイバート・ルート変更というパターンに分かれ、会社の運航基準のもとで運航管理者と機長が判断する
  • 同じ台風でも、スパイラルバンドのタイミングなどによって便ごとに判断が分かれることがある

台風のニュースを見たときに「これは厳しそうだな」「このタイミングなら飛べるかもしれない」と考えられるようになると、さらに楽しくなってきますよ。