「失速のメカニズム」の終盤で、こんな話をしました。
高度を保ったまま60°バンクで旋回すると、荷重倍数は2G。
このとき失速速度は約1.41倍になります。
60°、2G、1.41倍。試験にもよく出る数字なので、そのまま丸暗記している人も多いと思います。
でも、なぜ2Gになるのか、なぜ1.41倍という半端な数字になるのかを説明できないと、「じゃあ70°バンクなら何倍?」と聞かれた瞬間に詰まってしまいます。
1. 旋回にはなぜバンクが要るのか
旋回とは、機体の進む向きを変えることです。まっすぐ進んでいるものの向きを変えるには、進行方向と違う向きに力を加え続ける必要があります。この力を求心力と呼びます。
水平飛行中、翼が生む揚力はまっすぐ真上を向いています。重力と釣り合って高度を保つための力で、横方向の成分はゼロです。つまり水平飛行のままでは、どれだけ揚力を強めても機体は向きを変えられません。
そこで旋回するのに必要なのがバンク(bank)、機体を傾ける操作です。
機体を傾けると、揚力の向きも一緒に傾きます。真上一本だった揚力が、上向きに支える成分と横向きに引っ張る成分の2つに分かれるのです。

*バンクすると、揚力は「上向きに支える成分」と「横向きに引っ張る成分」に分かれる。
この横向きの成分が、機体を旋回の中心に引き寄せる求心力になります。バンクが深いほど揚力は横向きに振り向けられ、求心力も強くなります。
ラダーで機首を振るだけではダメなのか
「機体を傾けなくても、ラダーで機首を横に振れば方向は変わるのでは?」と思うかもしれません。
車や船なら、タイヤの摩擦や水の抵抗が向きを変える力を作ってくれます。
しかし飛行機は空気の中に浮かんでおり、胴体が空気から受ける横向きの力は、翼の揚力に比べてはるかに小さいものです。ラダーだけで機首を振っても、機体はそれまでの進行方向にほぼ進み続け、機首の向きと実際の飛行経路がずれた不協調な状態になるだけです。
だから旋回では、ラダーで機首だけ振るのではなく、バンクして揚力そのものを使います。翼が生む大きな力を、そのまま横向きの求心力に変えられるからです。
通常の協調旋回で機体をバンクさせるのは、この水平成分を作るためです。一方で、揚力を横向きに使った分、上向きの成分は小さくなります。ここから荷重倍数の話が始まります。
2. 高度を保つ旋回では、揚力そのものが増える
ここから先は、高度を保ったまま横滑りのない協調旋回(coordinated turn)をしている場合を前提に話を進めます。この前提が崩れると、これから出す数字は成り立たなくなるので覚えておいてください。
水平飛行では、揚力のすべてが重量を支えていました。バンクすると、揚力の一部が横向きの成分に回されるため、上向きに支える成分は元の揚力より小さくなります。このままでは上向きの力が重量を下回り、機体は沈み始めます。
高度を保つには、操縦桿を引いて迎え角を増やし、翼が生む総揚力を大きくします。
旋回中に操縦桿を引く量が増えるのは、垂直成分の不足を、迎え角を増やして埋め合わせているという力学的な理由があります。
先ほどの図を思い出してください。バンク角をφ(ファイ)とすると、直角三角形の関係から、上向きの成分は揚力全体にcos φをかけたもの
揚力×cos φ
で表せます。
高度を保つには、この上向きの成分が重量とちょうど釣り合っていなければなりません。
揚力 × cos φ = 重量
揚力について解くと、次の式になります。
揚力 = 重量 ÷ cos φ
バンクが深くなるほどcos φは小さくなる(0°でcos=1、90°に近づくほどcos→0)ので、必要な揚力は重量よりどんどん大きくなっていきます。
60°バンクなら、cos 60°=0.5なので必要な揚力は重量の2倍になります。
3. 荷重倍数の正体
前章で、60°バンクなら必要な揚力が重量の2倍になることを見ました。この「重量の何倍か」を表す指標が、荷重倍数(load factor)、記号n(エヌ)です。
荷重倍数(n) = 揚力 ÷ 重量
前章の式(揚力=重量÷cos φ)をこの定義に当てはめると、
n = 1 ÷ cos φ
になります。バンク角が決まればcos φが決まり、荷重倍数も決まります。
60°バンクなら、n=1÷0.5=2。これが「60°バンク=2G」の中身です。
一つ、誤解しやすい点があります。「2G」「荷重倍数2」と聞くと機体の重さそのものが2倍になったように感じますが、機体や乗員の質量自体は変わりません。変わるのは、翼や座席が支えなければならない力です。乗員は座席からふだんの2倍の力で支えられるため、体が重くなったように感じます。実際にこの状態で体重計に乗れば、示す値もふだんの2倍になります。
「G」は、重力加速度(1G)を基準にした比率です。荷重倍数2は、地上に立っているときの2倍の力を体が受けている状態を意味します。
n=1÷cos φの式からもう一つわかることがあります。バンク角が深くなるほど、荷重倍数の増え方も急になります。30°、45°、60°と角度を上げるほど、その伸びは目に見えて大きくなります。
4. なぜ失速速度が上がるのか(宿題回収の核心)
バンク角が深くなる → 必要な揚力(荷重倍数)が増える → 失速速度が上がる
ここからは、この荷重倍数が失速速度にどうつながるかを見ます。
失速のメカニズムの内容を思い出しながら進めましょう。
失速のメカニズムで見た通り、失速は速度ではなく臨界迎え角に達するかどうかで決まります。
同じ翼・同じ形態なら、臨界迎え角はいつもだいたい同じ角度で起きます。
ここで押さえておきたいのが、ほかの条件が同じなら、同じ迎え角で得られる揚力は速度の2乗に比例するという性質です。
速度が2倍になれば揚力はおよそ4倍。翼にぶつかる空気の勢いが、速度が上がるほど強くなるイメージです。
水平飛行(1G)で失速する速度を、普段耳にする「失速速度」とします。このとき翼は臨界迎え角ちょうどで、重量と同じ大きさの揚力(1倍の揚力)を生んでいます。
荷重倍数nの旋回では、翼は重量のn倍の揚力を生む必要があります。
同じ臨界迎え角のまま、n倍の揚力を出すということです。
揚力は速度の2乗に比例するので、揚力をn倍にするには速度を√n倍にすればよいことになります。
旋回中の失速速度 = 水平飛行の失速速度 × √n
60°バンクではn=2なので、√2≈1.41。
これで、冒頭の「1.41倍」につながりました。
ここまでの数字を、バンク角ごとに並べます。
| バンク角 | 荷重倍数(n) | 失速速度倍率(√n) |
|---|---|---|
| 30° | 約1.15 | 約1.07倍 |
| 45° | 約1.41 | 約1.19倍 |
| 60° | 2.00 | 約1.41倍 |
| 70° | 約2.92 | 約1.71倍 |
*70°は通常の旋回では使わない角度ですが、増え方の急さを見るための参考値です。

*バンク角が深くなるほど、荷重倍数も失速速度倍率も伸び方が急になっていく。
30°から45°まではまだ緩やかですが、45°を超えたあたりから伸びが急になります。60°、70°と角度を上げるほど、失速速度は跳ね上がります。
水平飛行での失速速度が50ktの機体なら、60°バンクの旋回中の失速速度はおよそ50×1.41≈70kt。普段は余裕のある速度で飛んでいても、深いバンクに入ったとたん失速速度がそこまで迫ってきます。
バンク角から n=1÷cos φ が求められるのは、高度を保った協調旋回のときだけです。上昇・降下をともなう旋回や、横滑りのある不協調な旋回では、バンク角だけから荷重倍数をこの式で求めることはできません。ただし、荷重倍数nがわかっていれば、失速速度=水平飛行時の失速速度×√n という関係そのものは、旋回に限らず成り立ちます。
5. 旋回中、パイロットは何を意識すべきか
バンク角が深くなるほど失速速度は上がり、水平飛行との差(失速までの余裕)は急速に小さくなります。これが実際の飛行の中で効いてくるのが、低高度・低速での急旋回です。
代表例が、場周経路でベースからファイナルへ旋回する場面です。オーバーシュートしそうになり旋回を強めると、バンクが深くなって失速速度が上がります。さらに高度を落としたくないので操縦桿を引いて迎え角も増やす――これは、自分から失速速度に近づいていく操作です。
ここにラダーで無理に機首を合わせようとする不協調な操作(スキッド)が重なると、片方の翼だけが先に深く失速し、スピンにつながることがあります。スピン入門で見た「両翼の不均一な失速+ヨー」の条件は、こうした低高度の急旋回でこそ揃いやすいものです。
だからこそ訓練では、場周経路でオーバーシュートしそうになったら、バンクや引き起こしで無理に合わせず早めにゴーアラウンドする、と教わります。バンクを深めるという操作そのものが、失速速度を押し上げる操作だからです。
まとめ
今回は、旋回中に荷重倍数がどう生まれ、失速速度にどうつながるかを見てきました。骨格はこの一本の流れです。
- バンクすると、揚力は上向き成分と横向き成分に分かれる
- 高度を保つには上向き成分を重量と釣り合わせる必要があり、揚力全体を増やさなければならない(揚力=重量÷cos φ)
- 「重量の何倍の揚力が必要か」が荷重倍数(n=1÷cos φ)
- 揚力は速度の2乗に比例するので、n倍の揚力を出すには速度を√n倍にする必要がある → 失速速度=水平飛行時の失速速度×√n
60°バンクでn=2、√2≈1.41倍。冒頭で保留していた数字は、公式として覚えるものではなく、揚力ベクトルを一段ずつ追いかければ出てくる結果でした。
大事なのは、荷重倍数が増えても機体の重さは変わらず、翼が出す揚力が増えているという点です。そしてこの関係が成り立つのは、高度を保った協調旋回のときに限られます。
荷重倍数の話はこれで終わりではありません。荷重倍数は、機体の構造がどこまでの力に耐えられるかという話にも直結しています。この「機体の強度と荷重倍数」の関係を扱うのが、V-n線図です。続きはまた別の記事で扱います。
覚えているか、確認してみましょう
表
バンク角φの水平協調旋回における荷重倍数nを表す式は?
裏
n=1÷cos φ。バンク角が深くなるほど、その伸びは急になっていく。
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表
荷重倍数nの旋回中、失速速度は水平飛行時の何倍になる?
裏
√n倍。
揚力が速度の2乗に比例するため、n倍の揚力を得るには速度を√n倍にする必要がある。
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60°バンクの協調旋回では、荷重倍数は 2G、失速速度は水平飛行時のおよそ 1.41倍 になる。