
訓練で着陸の練習をしていると、教官からよく聞かれる質問があります。
「エイミングはどこにするの?」
これは、フレア(flare)を始めるまでの間、滑走路のどこを目がけて進入するかという質問です。
この目標地点のことをエイミングポイント(aiming point)といいます。多くの場合、実際に接地したい場所より数十メートル手前、目安としては滑走路の中心線ストライプ2本分くらい手前に設定します。
なぜ、わざわざ手前を狙うのでしょうか。
フレアに入ると、機首を起こして沈下率を緩める分、機体はすぐには沈まず、滑走路の上をしばらく浮きながら進みます。だから、狙っていた地点をそのまま通り過ぎ、その先で接地することになる。
あらかじめ手前を狙っておけば、フレアで進んだ分がちょうど相殺されて、最初に思い描いていた接地点のあたりに降りられる——という計算です。
では、この「フレアで浮きながら進む」距離は、何が決めているのでしょうか。
理由の一つは、フレアそのものです。機首を起こせば沈下角が緩み、経路が水平に近づく分だけ、前に進む距離は伸びます。
もう一つの原因が、今回説明する「地面効果」によるものです。小型機は軽いためフレアの影響を大きく受けやすく、接地直前になると機体が勝手に浮き上がり、全然沈みたがらないように感じることがしばしばあります。
1. 地面効果とは
地面効果(ground effect)とは、地面や水面のごく近くを飛ぶことで翼まわりの空気の流れが変わり、主に誘導抗力(induced drag)が減る現象のことです。
誘導抗力が減ると、機体は速度を失いにくくなります。同時に、同じ迎え角でもより大きな揚力を得られるようになります。だから接地直前、地面効果に入った機体は、思っている以上に沈まなくなるのです。
同じことは、着陸だけでなく離陸でも起きます。滑走路すれすれを走っている間は、機体が普段より浮きやすくなるのも地面効果によるものです。
2. なぜ起きるのか
翼が揚力を生んでいるとき、翼は空気を下向きに押し出しています。その反作用として、上向きの力——揚力を受け取っている。
ここまでは「失速のメカニズム」でも触れた通りです。
ただ、揚力は翼のどこでも均等に生まれているわけではありません。
翼端で起きていること
翼の下面は圧力が高く、上面は圧力が低い状態です。
この圧力差が揚力の正体ですが、翼には端があるぶん、下面の高い圧力の空気が、翼端をぐるっと回り込んで上面側に逃げていきます。この回り込みが渦を巻いたものが、翼端渦(wingtip vortex)です。湿度の高い日には、翼端から白く細い筋になって見えることもあります。

翼端渦は、翼の後ろに流れる空気をさらに下向きに引っ張ります。もともとの下向きの流れ——吹き降ろし(downwash)——が、翼端渦によっていっそう強く、いっそう下向きになるわけです。
吹き降ろしが強いと、何が困るのか
翼にとって重要なのは、相対風(翼から見た空気の流れ)と翼との角度です。。この角度を迎え角(Angle of Attack)というのでしたね。
吹き降ろしが強く下を向くほど、翼にぶつかってくる相対風も、心持ち下向きに傾いてきます。
相対風が傾けば、そこから生まれる揚力の向きも一緒に傾きます。本来まっすぐ上を向いてほしい揚力が、少しだけ後ろに傾く。この「後ろに傾いた分」が、抗力となります。これが誘導抗力(induced drag)です。
揚力を生む代償として生まれる抗力というわけです。
地面が近いと、この一連の流れが崩れる
地面や水面のすぐ近くを飛ぶと、翼端渦や吹き降ろしは、自由に発達できません。本来なら下に伸びていくはずの流れが、地面にぶつかる形で押しつぶされ、弱まります。
吹き降ろしが弱まれば、相対風の傾きも小さくなり、誘導抗力が減ります。
同時に、同じ迎え角でもより大きな揚力を得られるようになります。「揚力が増える」のも「抗力が減る」のも、実は同じ変化を別の角度から見ているだけです。
3. どのくらいの高さで効くのか
地面効果は、ある高さを境に急に始まったり消えたりするものではありません。地面に近づくほど連続的に強くなっていく現象です。
目安になるのは、翼幅(wingspan:主翼の端から端までの長さ)です。
翼から地面までの高さが基準になるので、主翼の位置——高翼か低翼か——によって、同じ機体サイズでも実際の効き方は変わります。
| 翼から地面までの高さ | 誘導抗力の減り方 |
|---|---|
| 翼幅と同じ高さ | ごくわずか |
| 翼幅の1/4の高さ | 約25% |
| 翼幅の1/10の高さ | 約50% |
翼幅とほぼ同じ高さでは、地面効果はまだあってないようなものです。ところが高度が下がるにつれて効果は急速に強まり、翼幅の1/10——翼幅10m前後の機体ならおよそ1m——まで来ると、誘導抗力はほぼ半分にまで減ります。
接地の直前、機体がいちばん沈みたがらなくなるのは、まさにこのあたりの高度に入ったときです。
4. 着陸への影響
ここまでの内容を、着陸の場面に当てはめてみましょう。
フレアに入ると機体は接地に向けて高度を下げていきますが、同時に地面にも近づいていくので、地面効果はどんどん強くなっていきます。
ここで効いてくるのが、進入速度です。
地面効果そのものの強さを決めているのは高度であって、速度ではありません。ただ、進入速度が本来より速いと、機体は使いきれていない運動エネルギーを抱えたまま地面効果に入ります。
誘導抗力が減って速度を失いにくいところに、そもそも余分な速度まで持っているわけですから、機体はなかなか減速できず、沈むタイミングも遅れます。この「なかなか接地しない」状態をフロート(float)と呼びます。
フロートとバルーニングは別物
似た場面で語られる現象に、バルーニング(ballooning)があります。フレアで操縦桿を引きすぎて機首を起こしすぎ、揚力が急に増えることで、機体が沈むどころか再び浮き上がってしまう現象です。フロートが「沈まずに滑走路上を進み続ける」現象であるのに対し、バルーニングは「実際に上昇してしまう」現象。直接の引き金は操縦桿の引きすぎであり、地面効果はその状況を後押しする一因にとどまります。
5. 離陸への影響
離陸滑走中も、機体は地面のすぐ近くを走っています。当然、ここでも地面効果は働いていて、誘導抗力が減るだけでなく、同じ迎え角でもより大きな揚力を得られるようになります。だから機体は、普段より少ない速度でも浮き上がれてしまいます。
問題は、ここから先です。
浮き上がった機体が上昇を始めると、地面から離れるにつれて地面効果は弱まっていき、誘導抗力はもとの大きさに戻っていきます。ところが、離陸直後に十分な速度が乗っていなければ、この「戻ってくる誘導抗力」に見合うだけの推力や揚力の余裕がありません。加速も上昇もできず、いったん浮いた機体がふたたび沈み込んでいくということが起こり得ます。
地面効果に入っている間は飛べているように見えても、それは地面の近さに助けられているだけで、地面効果を抜けた先で自力で飛べる保証にはならない、ということです。
だからこそ、機種ごとに定められた離陸速度・上昇速度をきちんと守ることが大切です。地面効果内で浮いたかどうかではなく、その先も自力で飛び続けられるだけの速度に乗っているかどうかを、常に見ておく必要があります。
まとめ
この記事の内容を振り返ります。
- 地面効果とは、地面や水面のごく近くを飛ぶことで翼まわりの吹き降ろしが妨げられ、誘導抗力が減る現象
- 誘導抗力が減るのは、翼端渦による吹き降ろしが弱まるため
- 地面効果は翼幅を境に急に消えるものではなく、地面に近づくほど連続的に強くなる。翼幅の1/10ほどの高さでは、誘導抗力はおよそ半分まで減る
- 着陸では、フレアで地面効果に入ることで沈み込みが遅れ、進入速度が本来より速いほどフロートが伸びる
- 離陸では、地面効果内で速度不足のまま浮き上がってしまうと、地面効果を抜けた先で加速も上昇もできなくなることがある